見抜けなかった私【3】

2月 28th, 2014

寝付くことも出来なかった私に次の日の朝彼は「また猫もらいに行こう!」そう言ったのです。
「いつかアンタが殺されるよ」そういった弟の言葉を思い出していました。
結婚しようと私に言ったときの彼の執着は、ただ離れていこうとするものに対して執着を見せただけ。
愛ではなかったのでしょう。
自分のおもちゃが気に入らなくなれば、このような形で排除するのです。
そして「また仔猫を貰ってこよう」などと言い出す。
この人は表現が下手などという生易しいもんじゃない。
人としての心が欠けているのだ。。。そのことにようやく気がついたのです。
結婚して2年目にようやくです。
中絶を望んだのも、そういう心の持ちようから生まれたものだったのでしょう。
自分に責任がかかってくる恐怖と、命に代わりがあるような考え方。
私はバカでした。

その日のうちにとりあえずの荷物を抱え、私は実家に戻りました。
彼は気の小さな人間ですから、私の実家には来ることはないでしょう。
父や母とはもちろん、気が強い弟ともまともに話したり出来ないのです。
電話で出ていったわけは話しました。
「理解が出来ない。悪いのはあの猫のほうだ。」と言い続けるのです。
背筋がぞっとしました。

あちらのお母様が出てきて、うちの両親と話をしました。
「逃げれば解決すると思っている御宅のお嬢さんがオカシイ」と言われましたっけ。
両親は「これはまともに話など出来ないぞ!」と感じ、「おかしかろうがどうでもいいから離婚届にサインをしろ」と押し続けてくれました。
そうやって離婚できたのです。

人の目がない結婚というのは、とても危険なものですね。
付き合っていた当時から、彼は人前に出ることを嫌いましたし、私を自分の知り合いに紹介することも嫌っていました。
「どうしてアンタはオカシナ人だと気がついたの?」と弟に訊くと「人の目を見て話さないから。それだけのこと。」と単純な答えしか言いません。
それでも弟は問題の根幹を掴んではいました。
人様と接するところをもっと見る機会があったならば、私でも気がついたのかも知れません。

今、いろんな婚活の出会い方がありますよね。
たくさんの人の中で見極められる、そういう婚活がいいように思います。
人の目があるということは、きっと大切なのです。

見抜けなかった私【2】

2月 23rd, 2014

ある日、知人の家に猫が生まれたので飼わないか?そんな話が舞い込みました。
人を愛することが苦手な人と、彼の事を感じていましたから、猫を買うということは良いことなのではないか、私はそう考えました。
慈しむ心は今からだって育つはず!そう思えたのです。
彼はお母様からの言いつけで、生き物を飼ってはいけないと言われ育ったそうです。
めんどくさいし汚いからという理由で。
そういう事が彼の心の在り様に、深く起因していたのでしょう。
知人宅におじゃまして仔猫をそっと不器用に抱き上げる彼の顔が柔らかく綻ぶのが、私も嬉しかった。。。
まだ彼を愛していたのでしょう。
迷いに迷って、彼はキジ柄の猫を貰って帰ることにしました。
靴下の中に仔猫をいれてその口を縛ったり、首をそっと絞めたり、少し可愛がり方がオカシイとは感じていました。
でも愛情の表現方法が解らないのだろう、その程度に受け取ることにしていました。
悪びれなく「見て見て!猫手毬!」などというのですから、いじめるつもりはないのです。
注意はしても、諌めるとまではしていませんでした。
そんな様子を遊びに来た弟は「あの人おかしいよ。いまにあんた、殺されるんじゃない?」などと言いますが、暴力を振るわれたことはありません。
「そんなことあるはず無いじゃない」と笑ってすませたのです。
弟は「いつか俺の言葉を思い出す日が来るよ。」そんな意味深なことを言いましたっけ。

猫も5ヶ月建てば大きくなりますし、自我も強くなります。
猫は彼の言うことを全く利かなくなりました。
どちらかというと嫌っていたのです。
彼が帰る前は家の中でくつろいでいますが、彼の帰宅後はどこかに隠れてしまいます。
そんなある日、彼と私は口論になりました。
大したことではなかったのでしょう、内容は忘れてしまいました。
その激しい口論に、猫はどこからともなくやって来て私の傍らに付くと、彼に対して威嚇をしたのです。
彼は「なまいきな!」と猫を叩きました。
猫はその手に噛み付き、痛さでひっくり返った彼の顔を爪で引っかきました。
私の味方をしたのでしょう。
その猫の眉間を、彼は起き上がるとこぶしで殴りつけました。
眉間は猫にとっても打ってはいけない場所です。
骨が折れるような音が聞こえました。
猫は飛び上がって猛スピードで窓の隙間から外に飛び出していってしまいました。
それを責めた私を突き飛ばし、彼は自分の部屋に入って出てきませんでした。

何日も探し続けましたが、猫を見つけることは出来ませんでした。
彼はそんなこと気にもとめてない様子で、毎日の生活を送っています。
ある日の夜、彼も部屋に入って寝てしまった後です。
外で猫の鳴き声がします。
そっとサッシを開けると、庭にあの猫がいたのです。
すっかり汚れていましたが、確かにうちの猫です。
私に会いに戻ってくれたのだと、私は抱き上げて再会を喜びました。
「どこに行ってたの?探したのよ!」そんなことを会話しながら、ふとお腹が空いているであろうことに気が付きました。
「家に入る?それともここにいる?」猫に訊くと動きません。
彼がいるから警戒しているのでしょう。
「待っていて。すぐなにか持ってくるから。」そう言い残して私は台所の方に向かいました。

庭から「ぎゃぁ!」という猫の鳴き声がしました。
私はその声に不安を感じ庭を見に行くと、そこには猫を撲殺した彼の姿があったのです。
バールで殴り殺していました。
ここからは。。。ごめんなさい。。。省略させてくださいね。
今でも涙が止まらないのです。

見抜けなかった私【1】

2月 18th, 2014

彼とは友人の紹介で付き合い始めました。
彼が大学4年、私が短大の2年の頃だったでしょうか。
物静かな彼を、私は好ましく感じていました。

卒業して1年ほどお勤めをしたころに、私は妊娠をしてしまいました。
当然彼が結婚しようと言ってくれるものだと思っていましたが、彼はそれを望みませんでした。
堕して欲しいというのです。
私は納得できずに反論しましたが、「仕事を初めて1年そこそこで子供なんか作ってしまったら、育てられない。その子が可哀想だ。」そういう彼の意見に負けました。
掻爬の日、彼が病院に付き添ってくれ、「いつか必ず望まれる赤ちゃんを産んで欲しい」そう言ってくれました。
それから彼は妊娠への警戒心を強くし、避妊を怠らないようにしていました。
それを私に対する気遣いだと理解していました。
すこし偏屈な彼でしたが、私は実がある人だと思っていましたから、そういう態度も好意的に受け取っていたのです。
そうやって月日が流れたのです。
年月と共に、結婚もしていないにもかかわらず、彼は私への興味を失ったように思えました。
女として見てくれていないのではないか。。。
人に言うのもはばかれますが、私に器具を与えてこれで済ませて欲しいとまで言われた日がありました。
あまりのことに私は傷つき、この人との結婚は考えられない。。。そう感じました。
身体が全てだとは言いません。
ただ、結びつきというのは心も体も両方あってのことじゃないのかしら。。。そう思っていました。
それをほっぽらかしにされれば、女性は心に寂しさを覚えてしまいます。

私は別れを切り出しました。
それに対して彼は初めて執着を見せてくれたのです。
「別れたくない。結婚しよう。」
そんな態度を見せてくれたことは今までにありませんでした。
この人はきっと自分の心を表すのが下手なだけなのだ。
それに私に興味がなくなったとみえたのも、会社が忙しいせいなのだわ。
私は「結婚しよう」という言葉に感動してしまっただけなのかも知れません。
それでも彼の申し出は嬉しく、別れようと決めていた気持ちはどこかに行ってしまいました。

派手なことはしたくないという彼の言葉で、私たちの結婚はごく身内だけのものになりました。
というか、呼ぶ人の人数が元々折り合わなかったのです。
彼は親戚の中ですら呼びたくない人が多く、友人の数も多くない。
あまりに差が出る結婚式というのはオカシイものだと、彼のお母様もおっしゃいますので、「両家同士の食事会」のようなもので、結婚式の代わりにしました。
ウェディングドレスすら着ていないのです。
「勿体無い」と彼も彼のお母様もおっしゃいます。
それはそうかも知れないと、私も諦めました。
これが26才の春です。

それから2年間、結婚生活を続けました。
全く面白みがない結婚。。。
彼の根暗なところが、ますます広がったというかひどくなったというか。。。
洋服を私が買ってくるのすら嫌がります。
同じ色の服ばかり自分で買ってきては着ています。
「お前が買ってきてもどうせ着ないのだから、買ってこないで欲しい。」そう言われていました。
新婚当初から、別々の寝室という生活でした。
子供など出来るわけがありません。
なんで結婚したいと言ってくれたのか、わからなくなっていました。

略奪愛の代償【3】

2月 13th, 2014

私が必死で築いたあの病院には、あの女が医院長婦人としてノウノウと暮らしていると思います。
肉体的な衰えは、どうあがいても止められません。
若い女に敵うはずはないのです。
「うるさい、ババア」とその女から言われた言葉が、頭から離れません。

私は大事なことを忘れていたのです。
力に任せて奪い取れば、同じことをされます。
またそういう男は、また同じことを繰り返すのです。
私が傷つけた前の奥さんのことを、ふと思い出しました。
たとえお見合いだとしても、同じ生活をしているうちに愛が芽生えるということ。
それもこの20年の間に理解できるようになりました。
間違い無く彼女は夫を愛していたのです。
ひどい事をしたのではないだろうか、絶対に私はひどい女だった。。。
そう思いそうになる自分を、必死で抑えました。
認めてしまうと、崩れ去ってしまいそうです。

お互いの心を育てることも、私は疎かにしていました。
ビジネスパートナーとしては愚か、夫婦としての繋がりを大事になどしていなかったのです。
私は彼を自分の操り人形のように扱っていました。
そして彼の成功が私の勲章だと感じていたのです。
かれが人から評価され、私はその妻であること、これが私のステイタスでもあったのです。
しかし離婚すれば、そんなモノは私い何一つ残っていませんでした。

そう少しずつ反省を感じたものの「負け女」という悔しさをどうしても自分の中で処理出来ずに居ます。
こんな思いを消し去ってくれるのは、本当に私を愛してくれる男性の出会いしかないのではとも思うのです。
しかし、こんな歳です。
50を過ぎた女などを、誰が相手にするでしょう。
出会いがあるのでしょうか。。。

どうか、今から結婚をする人は、健全な。。。というか、普通の出発点から初めて欲しいと思います。
奪い取ったり、何かしらの無理をしたりせず、楽しい婚活の後に伴侶を得て欲しいと。

略奪愛の代償【2】

2月 7th, 2014

病院が大きくなり経済的にも豊かになったあたりから、彼はこそこそと若い女に手を出すようになりました。
私は腕利きの探偵や弁護士を使い、その女からこちらが金を取れるようにまでして、対抗し続けました。
これだけ私が犠牲を払い「医院長先生」にしたところで、若い女などに持って行かれたくはありません。
あまりに都合が良すぎるではないですか。
私がいなければまだ大学病院でうろちょろしているか、元嫁の実家であるボロボロの医院を継いでいたかのどちらかでしょう。
こうやって立派になったところで自分のものにしようだなんて、近づく女は虫が良すぎます。
それでも男というものはどこかで隙を見つけては、女に手を出すものです。

私自身も危機感を感じていました。
ここまで来てしまうと、私でなくても病院を大きくし続けることは可能です。
パートナーは私でなくても事足りるのです。
それに子どもができない。
これはイタイことです。
確固たる私の安全がどこにもないということなのです。
不妊治療を受けたいと夫に話しましたが、あまり乗る気ではありません。
「高年齢出産のリスクを負うことはできない」の一点張りです。
彼の側に原因がなく、私に不妊の原因があったことも不利に働くでしょう。

その女は今まで彼が手を出してきた女とは、明らかに違いました。
誰よりも強かで狡賢く、なによりも執念というものが違ったのです。
私が夫のためにとお相手をしていたとある政治家の先生との密会の場を、彼女は掴んでいました。
それを公言されれば、私は勿論、先生も終わりです。
私の側に、離婚される原因が出来てしまったということです。
ここまで大きな病院の医院長となった夫には、あまり影響がないことでしょう。
そういった面で、男性というのは「お盛んね」と言われる程度で済むのです。

私はその女から脅され、お金まで巻き上げられ、挙げ句の果てに夫の耳に入れられてしまいました。
夫からは、お金を渡していたのが弱みと感じている証拠だとまで言われました。
夫に「あなたのためだ」と弁明したのですが、「これがバレればオレの恥だ。それもわからないでしたとは思えない。オレの時と同じように不倫になんの貞操観念の痛みもないのだろう。」そう突っぱねられました。
すべて夫とその女が仕組んだことだとは思うのです。
夫は私と別れたがっていたのです。
それに一銭も渡したくなかったのでしょう。。。

こんなに悔しい思いをしたのは、生まれて以来一度たりともありません。
その悔しさと情け無さと恨みつらみから私の奇行が始まり、心療内科へ通うようになりました。
夫は数々の理由をつけて、晴れて私との離婚することを手に入れました。
病院を作るときの借金は共同債務でした。
結婚生活を反故することへの慰謝料を請求して、痛みを与えたいとも思いました。
しかし。。。そうなのです。。。表向き、私の不貞で結婚生活にピリオドを打つのですから、叶うはずもありません。
自分の預貯金として管理していたもの以外は何も貰えず、私は放り出されました。

略奪愛の代償【1】

2月 2nd, 2014

不倫の果てに結婚しました。
いわゆる略奪愛というものです。
大学病院の勤務医であった彼に、私がアプローチしました。
彼は私に興味を抱き、そういった付き合いになるには大して時間は掛かりませんでした。
彼が既婚者だということは、承知のうえです。
その頃は(いまから20年ほど前ですね。私が30才夫は28才でした)は、まだ30の女が結婚していないなどとみれば、売れ残りなどと言われていました。
婚活に今ほど手段があったものでもありません。
一度全てを許した男性を、おいそれと諦めることは出来ませんでした。

私はどんな手を使ってでも、奥さんから彼を奪おうと必死でした。
奥さんが実家に行っている間に彼の家に上がり込み、私が来たと知れるよう証拠をわざわざ残したり。
それを許す彼も相当デリカシーのない人間ではありますが、返って私には有利でした。
それでも彼自身、医者の娘の家へ婿養子に入った身ですから、離婚にはなかなか踏み切りません。
奥さんもかわいい顔しているくせにそうとうの珠で、傷めつけても傷めつけても怯まないのです。

そんな時、あちらのお父様が急死なさいました。
これは渡りに船。。。男親がいなくなった家など脆いものです。
私はそこに付け込んで、一気に奪い取ることに成功しました。
妊娠まででっち上げ追い詰めた結果、奥さんは精神のバランスを崩し、彼を諦めたのです。
心療内科に通うようになろうが、私には知ったことではありません。
子供もいないのですから、気持ちが離れた夫をいつまでも繋ぎ止めようとするのがいけないのです。
弱々しく見せかけてるのも、苛立ちます。
お見合い結婚なのですから、愛などあるわけ無いじゃないですか。
親に言われて結婚したんでしょうし、彼も医者の家という目当てがあってのことだと聞いています。

向こうの家は開業医だったのですから、追々継がそうと考えていたのです。
あの家を継がせるよりももっと彼を大きくしなければ、私は笑いものです。
派手やかな結婚式を盛大に挙げた後、私は鬼のように彼のおしりを叩き続けました。
私自身も、使えるものは全て使うといった後押しで、彼を立派な美容整形外科に仕立て上げました。
そして莫大な借金を二人で抱え、開業したのです。
地元では有名な美容整形外科の開業医に、私のお陰で彼は育ったのです。
私には「これは私だからできたこと」と自負があります。
彼もそれを解っているでしょうから、私を裏切ることはないだろう、そうタカをくくっていました。